加納久宜公研究会

第9回 加納久宜公を偲ぶ会


第9回 加納久宜公を偲ぶ会


期日:2020年2月22日(土)(中止)


感染経路が不明な新型コロナウィルスの影響を考慮し
安心のために下記の行事を中止いたしました。

当日は、実行委員会の有志と城山公園を訪れた方で
ひっそりと献花を致しました。

2月26日の祥月命日まで供花と献花台を設置しておきます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。


偲ぶ会の趣旨:

加納久宜公を偲び、その生涯と志しを学びあいます。

(旧称:献花の会、墓参会、墓前祭等 没後100年を終え名称を改めました)


今回の『偲ぶ会』の構成:

午前:『語りあう会 第1部』 『追慕献花

午後:『昼食交流会』  『語りあう会 第2部



一宮町の城山公園には、加納久宜公の墓があります。


若き幕末には最後の一宮藩主でした。維新後は、全国各地て多方面で活躍されました。

晩年の大正期には一宮町長として理想の町づくり(地方改良)に人生最後の情熱を傾けられました。

大正8年(1919年)に、療養中の別府の麻生別荘で亡くなられました。


『紀徳碑』は、町民有志の発案により、生前の大正7年(1018年)に、町役場敷地内(当時)に建立されました。(碑文参照)


没後3年の大正11年(1922)に、耕地整理をした九十九里平野を見下ろ城山(一宮町)に、墓が建立されました。

「後々まで大切にして、決して粗末にはしない」と町民有志が宗家に約束して、谷中霊園より分骨されたのです。

その後、昭和17年(1942)に鹿児島県の『加納知事顕彰会』から燈籠が献納されました。昭和50年(1975)には、一宮の史跡にも指定されています。


2月26日は加納久宜公の祥月命日です。

ご多用中とは存じますが、この時期に城山公園を訪れてみませんか。